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盛岡地方裁判所 昭和54年(ワ)406号 判決

原告

浜守千代吉

被告

釧路市場貨物有限会社

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し各自金一九七万二二二五円及びこれに対する昭和五一年一二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告ら、その四を原告の負担とする。

四  この判決は第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金一一三六万六一〇円及びこれに対する昭和五一年一二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生と原告の傷害

(一) 日時 昭和五一年一二月二二日午前七時三〇分ころ

(二) 発生場所 北海道幌泉郡えりも町字目黒番外地第一岬トンネル付近路上

(三) 加害車両 被告森義明(以下単に被告森という。)運転、被告釧路市場貨物有限会社(以下単に被告会社という。)所有にかかる大型貨物自動車(釧一一あ二四〇〇)

(四) 被害車両 原告運転の普通貨物自動車(岩一一す一三一)

(五) 被告森の過失 路面が凍結し、車輪が滑走しやすい状況であつたから、減速徐行して進行しなければならない注意義務があつたのにこれを怠り、減速しないで進行した過失により、対向進行して来て道路の左側に停車していた被害車両を発見し急制動をかけたためにスリツプして被害車両に激突した。

(六) 原告の傷害 右手挫傷、上腹部打撲症、不安神経症

2  損害の発生

(一) 治療費 金一八万四八一一円

入院雑費 金五〇〇〇円

昭和五一年一二月二二日

広尾町国民健康保険病院入院

同年一二月二三日~同年一二月二八日

厚賀診療所入院

昭和五二年一月六日~同年四月三〇日

岩渕内科通院

同年九月三日~同年九月五日

佐藤病院入院

昭和五三年八月二一日~現在

阿部医院通院

(二) 逸失利益 金九三七万七九九円

(1) 原告はわかめ養殖に従事していたものであるが、事故による不安神経症が軽快せず、昭和五二年九月初頭から働いたものの右症状が悪化し出張先で三日入院し、その後も昭和五三年末まで稼働できず、昭和五四年になつてもいまだその稼働が充分でない。

ところで原告の所属する地区漁協の組合員一人当りの水揚は次のとおりである。

昭和五二年度 金一三六万二三九三円

同五三年度 金一四五万三〇三三円

したがつて原告は少くとも昭和五二年度、五三年度については右の計、金二八一万五四二六円以上の水揚を得たはずであり、その経費三〇%を控除した金一九七万七九九円がわかめ養殖による得べかりし利益である。

(2) また原告は、わかめを他から買い入れたうえ他にこれを小売販売等をしていたものであり、昭和五一年における買い入れ総額が金一二三六万五五〇〇円であるところ、小売販売等による利益はその三割であるから、金三七〇万九六五円の利益をあげた。ところで原告は前述のとおり昭和五二年、同五三年は殆んど稼働できなかつたので右二年間のわかめ小売販売等の逸失利益は金七四〇万円を下らない。

(三) 慰藉料 金一〇〇万円

(四) 弁護士費用 金八〇万円

よつて原告は被告ら各自に対し金一一三六万六一〇円及びこれに対する不法行為発生日である昭和五一年一二月二二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び反論(被告ら)

1  1項のうち交通事故の発生日時、発生場所、加害車両、被害車両はすべて認める。

被告森の過失は争う。

すなわち、本件事故現場は道幅が三四メートルにわたつて狭くなつており、そのため原告車は対向車通行帯を通行しなければならない状況にあつた。従つてこの狭い部分を通行するに当つては対向車の通行を妨害しないように進行しなければならない注意義務があり、従つて狭い部分への進入に際しては対向車の有無を確め、対向車が右部分に差しかかる前に通り抜けてしまうかあるいは狭い部分の途中で停止する場合には道路ぎりぎりまで自車を寄せて相手車を通過させるようにしなければならないところ、原告車も被告森車も時速約四〇キロメートルで対向進行して来ており、右速度からすれば、原告車はその停止地点すなわち衝突地点からあと約六メートル進行すれば前記狭い部分を通過することが可能であつたにもかかわらず、右部分の途中で、しかも道路ぎりぎりにまで寄せることをせずに停車し、そのため、停車した原告車をみかけて急制動をかけたにもかかわらず、道路の凍結のため急停車できなかつた被告森車と原告車とが衝突したものであり、本件交通事故の原因は原告の過失にある。

原告の傷害については不知。不安神経症については仮に認められるとしても、その原因が本件交通事故によるものか原告が生来持つている胃病によるものか明らかでない。

2  2項の損害の発生はすべて争う。

三  抗弁(被告ら)

1  前述のとおり原告に過失があつた。

2  原告は昭和五五年二月二九日、被告会社の自賠責保険から金一〇〇万円の支払を受けた(この点については被告森はことさらに主張していないけれども、同人は反対である旨の明示の陳述をしなかつたから、この主張は被告らに共通のものとみなす。)。

四  抗弁に対する認否

1  原告に過失があつたことは争う。

2  自賠責保険から金一〇〇万円の支払を受けたことは認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因事実のうち、昭和五一年一二月二二日午前七時三〇分ころ、北海道幌泉郡えりも町字目黒番外地第一岬トンネル付近路上において、被告森運転、被告会社所有にかかる大型貨物自動車(釧一一あ二四〇〇)と原告運転の普通貨物自動車(岩一一す一三一)とが衝突し、交通事故が発生した事実は当事者間に争いがない。

二  被告森の過失及び原告にも過失があつたとする被告らの主張について

まず最初に被告森運転車が原告運転車を発見して急制動をかけた直前の時速について検討するに、成立について当事者間に争いのない乙第三、第五の各号証及び被告森本人尋問の結果によれば、被告森運転車の急制動時における時速は約四〇キロメートルであつた事実が認められ、乙第一〇号証のうち右事実に反する記載をした部分は次のとおり採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

すなわち、成立について当事者間に争いのない乙第一〇号証中の、時速は約五〇キロメートルであつた旨の被告森の検察官に対する供述は、被告森本人尋問の結果によれば、成立について当事者間に争いのない乙第二号証によつて被告森運転車のスリツプ痕が三五メートルであると認められることを基礎としてなされた事実が認められるが、右証拠によれば被告森運転車の車体の長さは一一・七七メートルであることが認められ、前輪と後輪の間隔が約一〇メートルであるとして、前記三五メートルから右一〇メートルを減ずると約二五メートルとなるところ、さらに右証拠によれば、当時、本件事故現場の道路は約五センチメートルの積雪があつて、それが凍結しており非常に滑りやすい状態にあつたうえ、被告森運転車は一一トンの積荷をしており、車の自重を加算するとかなりの重量となる事実が認められ、前記制動距離及び右道路の状況並びに車の自重、荷重をあわせ考慮すると、現場に残つているスリツプ痕の長さが三五メートルであることから直ちに被告森運転車の急制動直前の時速を五〇キロメートルとすることはできないから、前記乙第一〇号証の記載を直ちに採用することはできない。

以上の時速に関する認定を前提として次に事故の態様につき検討するに、前述乙第二、第五、第一〇(但し被告森運転車の急制動直前における時速を五〇キロメートルとする部分を除く。)の各号証及び被告森本人尋問の結果を総合すれば、本件事故付近は、道路左端に崖崩れ防護鉄柱が設けられ、およそ三五メートルにわたつて道路幅が五・五メートルと狭くなつていたところ、被告森運転車は広尾町方面より様似町方面に向つて時速約四二ないし四三キロメートルで進行し、原告運転車は様似町方面より広尾町方面に向つて時速約四〇キロメートルで進行していたが、被告森は、原告運転車が前述の崖崩れ防護鉄柱にさしかかつたのをおよそ八二・六メートル手前で発見し、その時点でブレーキを軽く踏み先きに認定したとおり時速を約四〇キロメートルに落して進行を続けたが、原告運転車が崖崩れ防護鉄柱にあと六メートルで出られる所まで来た所で停車したため、右原告運転車から二二・二メートル手前で急制動をかけ、ハンドルを右にきつて衝突を避けようとしたが、約五センチメートルの積雪のうえそれが凍結していたためそのまま滑走し、停車している原告運転車に衝突し、なおも停止せずに同車を約八・五メートル後退させてやつと停止した事実が認められるところ、前述乙第三号証及び原告本人の供述中には、原告は、被告森運転車が制動をかけ滑走しながら道路のやや中央付近を滑りながら進行して来たので、自車を急停車させたところそこへ被告森運転車が衝突した旨の供述があるけれども、前述乙第二号証によれば、原告運転車が被告森運転車に押されて後退した時にできたスリツプ痕は存在したにもかかわらず、それが急停車した場合におきるはずのスリツプ痕は存在しなかつた事実が認められ、このような事実及び前掲の各証拠に照らし、前記供述はにわかに採用できず、他に前述の認定を覆すに足りる証拠はない。

また、前述乙第二号証によれば、被告森運転車の車幅は二・四七メートルであり、原告運転車のそれは一・九七メートルであつて前述の狭い部分で両車がすれちがつた場合、一・〇六メートルの余裕しかない事実が認められ、これに反する証拠はない。

以上の認定事実により被告森の過失につき判断するに、被告森は八二・六メートル手前において、原告運転車が道路の狭くなつた部分にさしかかるのを発見したものであるところ、当時道路が積雪による凍結のため滑りやすくなつており、このような場合相手車が大型貨物車の対向に不安を抱き、そのため狭くなつた部分で停車することも充分予見できるうえ、道路上の雪が凍結して滑りやすくなつていたのであるから、原告運転車が大型貨物車の対向に不安を抱いて狭い部分で停車した場合でも自車を停車させることができるように充分速度を落して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、それを怠り時速約四〇キロメートルのままで進行した過失があつたものというべきである。

しかし、原告においても以下の過失があつたものというべきである。

すなわち、道路の左側に妨害物があつて、狭くなつており、両車のすれちがいに充分の余裕のない所でやむをえず道路の右側を進行しなければならない場合においては、その部分に進入するについては対向車の有無を確め、道路の状況や、自己の運転技術、相互のスピードを考慮して道路右側への進入を差し控えるか、あるいは、一旦進入した後、もし狭い部分で停車する場合にはその部分の左側に充分自車を寄せて停車するか、または急いで狭い部分を通過しなければならない注意義務があるというべきところ、既に認定した両車の距離、速度及び崖崩れ防護鉄柱のため道路の狭くなつている部分の位置等からすれば、両車が時速四〇キロメートルのままで進行する場合には、原告車が道路の狭くなつた部分を通過し終つたところですれちがうことが充分可能であつたにもかかわらず、前述乙第二、第三の各号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、道路の狭くなつている部分への進入に際しては対向車の有無をよく確認することなく漫然と進行し、徐々にスピードを落とし(このことは既に述べたように原告車が急停車した場合にはできるであろうスリツプ痕が現場に残つていないことから認められる。)あと約六メートルで狭い部分から出られる箇所において、しかも、その部分の左端に充分寄らずに停車させた過失があつたものというべきである。

そして右両者の過失の割合は五対五であるというべきである。

三  原告の受けた傷害について

弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第三及び七ないし一〇の各号証(被告会社はこれらの書証の成立を認める)及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は本件事故により右手挫傷、上腹部打撲症の傷害を受け、右傷害は昭和五二年四月三〇日限りで治癒した事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。さらに原告は本件事故により不安神経症が発生したと主張し、被告らはこれを争い、あるいは事故との相当因果関係を否定するので検討するに、前述甲第八ないし第一〇の各号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、昭和五二年一月に入つてから、時々、口が喝いて心臓がドキドキし、息が苦しくなる状態が発生し、それは本件事故の衝突の瞬間と同一の状態である事実が認められ、そのような病状の発生時期が本件事故と近接していること及びその病状が本件衝突時の状態と似ていること、さらにその原因となるこれといつた事由が特に他に認められないことからかような不安神経症が本件事故を原因として発生したことが認められ、また本件のような衝突事故により、そのシヨツクから原告のような病状が発生することも通常起りうることがらであるから相当因果関係をも肯定することができ、右のような病状が神経的なもので、特に心臓等に肉体的病状がなかつたとしてもその事から右の相当因果関係を否定することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  損害の発生について

1  弁護士費用を除く部分

(一)  治療費及び入院雑費

前述甲第三及び第七ないし第一〇の各号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる第一一並びに第一五の各号証(被告会社はこれらの書証につき成立の真正を認める。)及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は前述の傷害により次のとおり治療をうけた事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

昭和五一年一二月二二日 広尾町国民健康保険病院入院

同年一二月二三日~同年一二月二八日 厚賀診療所入院

同五二年一月六日~同年四月三〇日 岩渕内科通院

同年九月三日~同年九月五日 佐藤病院入院

同五三年八月二一日以降 阿部医院通院

右における治療費は、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二ないし第一七の各号証(被告会社はこれらの書証につき成立の真正を認める。)及び原告本人尋問の結果により金一八万四八一一円(原告主張額)を下らないものであることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。また前述の入院期間中の入院雑費は金五〇〇〇円が相当である。

(二)  逸失利益

前述のように不安神経症と本件事故との間に相当因果関係が肯定されたとしても、その発生した損害についての相当因果関係については別に検討すべきところ、原告主張のすべての逸失利益について本件事故との間に相当因果関係があるとすることはできず、事故の翌年である昭和五二年度の一年間におけるそれが通常生じうる損害とみるべきである。

そこで右年度における逸失利益について検討するに弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は本件事故発生以来、本件事故による傷害のため従来から営んで来たわかめ養殖及びわかめ販売を休業している事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第五号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告の所属する末崎漁業協同組合の組合員のわかめ養殖漁の昭和五二年度の水揚げ高の一人当りの平均は金一三六万二三九三円となりその約七割金九五万三六七五円が一人当りの平均純利益となる事実が認められ、また弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二〇ないし第二三の各号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告の昭和五一年度におけるわかめの仕入れ高は金一二三三万六五五〇円であり、わかめ販売においては通常は仕入れ高の約三割すなわち右の仕入れ高を基本とすれば金三七〇万九六五円が通常生ずるであろう純利益となる事実が認められるところ、原告本人の供述によれば、原告は昭和五一年度は赤字となつたので所得申告をしなかつた事実が認められるけれども、右のようなわかめ販売において特別の事情のないかぎり利益が生ずることが通常というべきであり、従つて右事実から直ちに昭和五二年度においても赤字となつたであろうと推測することはできず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  慰藉料については前述の入、通院の状況及び傷害の種類程度から金五〇万円が相当である。

(四)  以上を合計すると金五三四万四四五一円となり、これを前述した原告対被告森の過失割合五対五により過失相殺すると、金二六七万二二二五円となる。

2  弁護士費用は金三〇万円の限度で認めるのが相当である。

3  以上を合計すると金二九七万二二二五円となる。

五  原告が自賠責保険から金一〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。従つて金一〇〇万円を前記金額から損益相殺すると金一九七万二二二五円となる。

六  結論

よつて原告の本件請求は、不法行為による損害賠償金一九七万二二二五円とこれに対する不法行為発生の日である昭和五一年一二月二二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上久一)

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